1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
君との出会い。
「君、いってきます」
いってらっしゃい、と言ってくれる人は居ないけれど、僕は毎朝そう言って家を出る。君がいなくなって1ヶ月も過ぎると心にだいぶ余裕が出てきていた。指にはもちろん、あの日の証――指輪がはめられている。いってきますのキスの代わりに、僕はその指輪に軽く口付け、会社へと向かった。
「おーい、君!待ってよー」
会社へ向かう途中、ふとどこからかそんな声が聞こえた。明らかに呼びかけた子の名前だというようなイントネーションにきこえて、僕はつい振り向いて相手を確認してしまった。君なんて、珍しい名前だ。もしかしたら君――俊彦の身内か知り合いかもしれないと少し期待しながら“ 君”という子を確認したが、どうやら全く関係の無い高校生のようで先程遅れてきていたらしい子が走って追いついたところだった。僕は明らかにガックリと肩を落とし、そんなに都合のいい偶然、あるわけないよなぁと言い聞かせて気持ちを切り替えようとした――が。
「「あっ」」
見つめていた時間が長かったのか、その高校生(君くん?)と目が合ってしまい気まずくて直ぐに目を逸らしてしまう。
「なーにぼーっとしてんだよ、君。あ、いい男でもいた?」
先程追いついた方の高校生がニヤついた顔で君くん(?)に何かを話していた。周りにほかの通行人もまばらに居て、少し距離があるせいか正確に声を聞きとるとこはできないのだが。
「ば…っか!声が大きい!」
「君ってほんと、年上好きなー」
「だ!か!ら!お前は黙れっ!」
何を言われたのか、君くん(?)は少しあたふたした後、その友達の頭を殴っていた。
「いって!何も殴らなくてもいいだろー!」
「うるせ。つか早く行かないと遅刻なんですけど。全く誰のせいで遅くなったんだか…」
「へーへー、すいませんね!朝が弱くて!」
あー、青春、いいなぁ。会話は全く聞き取れなかったが、楽しげに会話しているようにみえる男子高校生を横目に見ていると、少し羨ましく思う。
僕が学生の頃を思い出そうとした時、突然その高校生たちが駆け出す。あぁ、眩しい。おじさんには眩しすぎるよ。なんて老いたようなことを心で呟きながらも、僕は会社へと向かうのだった。
最初のコメントを投稿しよう!