#9.浮標(ブイ)――待つ男――

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 卜部の穏やかで温かな眼差しを浴びつつも、神楽はぐたっとカウンターに突っ伏した。 と、同時に、神楽の耳に中年男性の穏やかな声が届いた。 「はい、おまっとさん」  そんな茶目っ気のある言葉ともに、神楽の鼻先に置かれたのは、白い布の大きなバッグだ。  バケツにも似たカンバス地のバッグには、赤やら緑やら、色とりどりの絵の具がいっぱいに付いている。    真新しいテレビン油の独特の匂いが、神楽の嗅覚をちくりと刺激した。  途端に、くしゅん、とくしゃみをした神楽。 「あ、やだ……」  あせあせと、神楽はハンカチを取り出す。  恥ずかしさで火照った頬を隠すように、彼女は鼻から唇までを純白のハンカチで覆った。  そんな彼女の様子に、隣の卜部は眼鏡の奥で目を細めた。  カウンターの向こう側に立った男性も、好意的な笑いを洩らす。 「おやおや、大丈夫かい?」 「は、はひっ」  ハンカチ越しの神楽の返事が、ますます鼻声にくぐもって響いた。  つい耳まで熱くした神楽に、男性が優しげな笑みを湛えて告げる。 「前に頼まれてた画材と油。海外から取り寄せてみたよ」 「ありがとうございます、斎藤さん」  神楽は身を起こした。  純白のハンカチで口と鼻を押さえながら、神楽はこの斎藤という男性に頭を下げる。     
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