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遠い遠い昔の彼との出会い、彼と過ごした長い時を、今のわたしは知らない。
彼が今、どこに居て、何を思って、何をしているのかも知らない。
今のわたしはわたしを覚えていない。
わたしはただの人になりたいたくて、記憶という大きな対価を差し出した。
忘れてしまっても、彼が覚えている。その事実さえあれば充分だった。
わたしたちは常に出会う宿運。
その定めを彼に与えたのはわたしである。
彼と心からそばに居たいと願ったから、わたしはこの選択を選んだ。
何よりも大切だから、その選択は間違いなどではないはず。
ずっと思っていた。
彼と同じように、彼と共に歩んでみたい。
見つけたその一度きりの希望に縋り、わたしは記憶を手放した。
長い未来が永遠のように待っていても、永遠のように彼のそばに居つづけることができると知っていても、わたしは知りたかった。
常にとなりに在る彼がどうやって生きてきたのか。
知りたい。
ただの人という生き物が、どんな風に世界を見つめて、どんな生を選ぶのか、その果てにどんな幸せが待っているのか。
儚いことはわかっている。誰よりも長く生きているからその儚さを恐ろしいほどに知っている。
そしてその儚さが過ぎても、わたしはわたしとして生き続ける。
だから選んだ。
終わりのないわたしは、終わりというものがどういうことか、知りたいのかもしれない。
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