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天音と洸は家が同じ方向のため、洸が天音を送っていくのが常だ。
歩きながら、ふたりはあまりみんなではしない話もする。
みんなでいるのはもちろん楽しいけれども、穏やかな洸と歩くゆったりとした時間も天音は好きだ。
洸の普段見えない一面を垣間見ることが楽しい。
出会った時から、天音は洸のことだけは呼び捨てではなく「洸くん」と呼び、洸も天音のことを「天音ちゃん」と呼ぶ。
互いにそれが心地よい。そこには特別な好きは存在していないけれど、お互いに特別ではあった。
その感覚を現す言葉は何かと問われると、きっと互いに首を傾げるだろう。友情、よりは愛情に近い気もするけれども、愛情にも種類がある。恋愛の情でないことは確かだった。
「天音ちゃんてさ、誰にも甘えないよね」
天音は少し考えてから言った。
「言われてみれば、そうかも?」
「女の子なんだから、そういうことしたっていいんじゃない?」
「……どうやってすればいいのかわからない」
天音がそう言うと、洸は「天音ちゃんらしいね」と笑ったけれど、彼女は本当にわからなかった。しっかりし過ぎている天音は甘えるということがどういうことなのか、よくわからない。
「じゃあ、俺が天音ちゃんの練習台になってあげるよ」
洸がそう言うと、天音がからからと笑う。
笑ってみたものの、天音の心に不安が過った。
雲行きが怪しい。少し早いが、今年の気候は変だから夕立が来てもおかしくなかった。
「……洸くんだから言うわ」
「うん、なに?」
「あたし、雷がとても苦手なの」
見方によっては完璧にも見えてしまう天音に苦手なものがあることを知った洸は、無性にほっとした。
揃って見上げた空に小さな稲妻が走った。
「あ、あたし……本当に雷が怖いの」
天音の声は少し震えていて、洸は驚いた。
途端に、まだ遠いと思っていた雷が鳴った。
ひどく怯えた天音が、泣き叫びそうな顔を必死に堪えて肩を震わせている。
洸が天音の手を握りしめるとやたらと冷たかった。
落ち着けるわけがないから、大丈夫だよ、落ち着いてなどと言えない。
洸が言葉を探しているうちに、ざあと大雨が降り出し、あっという間にふたりはびしょ濡れだ。
「こ、洸くん。うち、行こう……」
青ざめた顔で天音が言ったから、洸はもう近くまで来ている彼女が暮らすマンションまで手を引いて送っていくことにした。
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