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「……」
画面に表示された、多季の名前。
この十年間、つらいとき、淋しくなったとき、何度も押そうとして、結局押せなかった、多季への電話。
怖かった。心臓が握りつぶされるように痛かった。縋るように健を見つめると、迷いのないまなざしで、健が大きく頷いた。
「……」
震える指先で、発信ボタンを押す。
呼び出し音が鳴り始める。
五回、十回。
「……」
十一、十二、十三、十四回。
「……」
十五回目の呼び出し音が途切れたところで、電話を切った。
心臓が、身体を打ち付けるように激しく鳴っている。その胸を落ち着かせるように、大きく息を吐き出した、その時だった。
「……」
手のなかのスマートフォンが、着信音を響かせ、菫の身体がドクンと跳ねた。
恐る恐る画面を見つめる。
そこに、多季の名前が表示されている。
がたがたと不穏に震える指先で、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
『菫、』
間違いない、間違えるはずもない、それは確かに多季の声だった。
「多季さん、」
名前を呼ぶ。
「……多季さん、」
話したいことは数え切れないほどたくさんあるはずなのに。
どうしてだろう。
なにも言葉が浮かんでこない。
『菫、』
ほかの誰でもない、多季に名を呼ばれて、菫の身体がかっと熱くなる。
ずっと求めていたその声に、身体じゅうの細胞ひとつひとつが、歓喜に打ち震えている。
多季も同じように、ただ、菫の名前を呼び続けている。
ふたりの心がいまなお寄り添っていることを、伝えてくる。
『菫……』
「多季さん、」
『……ん、』
「多季さん、会いたいよ……」
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