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 あの風を感じた気がして、立ち止まった。瞼を閉じ、深呼吸をして全身の感覚を研ぎ澄ます。聞こえてくるのは行き交う車の音や時折響く甲高い女性の笑い声、聞き慣れた街の雑踏の音。心が追い求めるあの風は、やはり菫の気のせいだった。  ゆっくりと目を開けると、午後の光が眩しい。三月も半ばを過ぎ、このところ急に陽差しが強くなってきたなと思う。  ふたたび菫は歩き始める。たくさんの人が行き交うこの街で、いまでもふいにあの風を感じた気がして、その場に立ち尽くしてしまう。そよぐ風のように穏やかで心地良いと感じた瞬間、突然突風に変化して、すべてを吹き飛ばしてしまいそうな烈しさを合わせ持つ、そう、ちょうど今この時期の風に似たあのひとのことを。  鋭い痛みが胸を刺し、その傷を庇うように俯いた後、菫はまたいつもと変わらない、この薄もやのかかった街の雑踏に溶け込んでいく。
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