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 スタジオに入るとすでに数人の女性たちが準備を整え、マットの上に座っていた。二十代から三十代あたりの年齢だろうか、パステルカラーの華やかな服装で、濃紺のジャージ姿で入室するのはあまりにも場違いな気がして気後れしてしまう。入り口辺りでもじもじと佇む菫に気づいた桜庭が、笑顔で駆け寄ってきた。 「ヨガではマットを使うから、これを持って空いた所に敷いて。あとは始まるまでリラックスして過ごして」  ラベンダー色のヨガマットを受け取り、女性たちの輪の一番端っこにマットを敷いて座る。皆がジャージ姿の菫に一瞬「え? なにこのひと」という表情を浮かべたが、それでも笑顔で「こんにちは」と挨拶をしてくれた。菫もおどおどと挨拶を返す。  室内にはゆったりとした音楽が流れていて、女性たちはマットの上に胡座で座って談笑している人もいれば、腕を伸ばしたり目を閉じて静かに過ごしている人もいた。  桜庭が「ではこれからベーシッククラスのヨガレッスンを行ないます。よろしくお願いします」と両手を胸の前で合わせてお辞儀した。女性たちも同じように手を合わせ、一礼する。きょろきょろと回りの様子を伺いながら、菫も真似をして両手を合わせた。   「今日は初めての方がいらっしゃいますので、あらためてヨガで一番大切なことをお話したいと思います。ヨガをしている間に意識していただきたいことは、リラックスして身体の声を聞くこと。身体が硬くても、上手くポーズを取れなくても、気にする必要はありません。大事なのは、『ここが硬いな』とか『今日はここがちょっと痛いな』とか、そういった身体の違和感に気づくことです。自分がそこに気づきさえすれば、あとは身体の自己治癒力が働いて、自然にバランスを取ろうとするからです」  フロア全員の顔を見渡してから、桜庭は声のトーンを一段下げて、ゆっくりと続けた。
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