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 桜庭の穏やかな声に合わせて、ただ呼吸を繰り返す。その後も首を回したり、身体を後ろに捻ったり、足を前に投げ出して足先を回したり伸ばしたりと、準備運動とも言えないような緩やかな動きが繰り返される。奇妙なポーズで片脚立ちするような、もっと激しい運動的なものを想像していたから、正直拍子抜けしてしまった。 「背骨に意識を向けて、上に引き上げて。身体を緩めたときの血の流れだとか、冷えたり温まったりするのを感じてみて」  菫の心を見透かしたような絶妙なタイミングで、桜庭が菫に向かって声を掛けた。頭のおしゃべりに夢中になり、いつの間にか猫背に戻ってしまっていた。背筋を伸ばすという、そんな簡単な動きひとつが出来ない自分が恥ずかしくなって、慌てて菫は姿勢を正し、今度は桜庭の声に素直にしたがって、呼吸と身体に意識を向けようと試みた。  アーサナというサンスクリット語のポーズの名前を簡単に説明しながら、流れるようにヨガは進んで行く。座位から四つんばいになり、腹ばいになり、少し疲れたな、と思ったらマットの上で横になるような楽なポーズに入る。桜庭の誘導によってゆっくりと立ち上がると、両脚を揃えてまっすぐに立った。 「これはアーサナのなかでもっとも重要な山のポーズ、ターダアーサナです。足の裏をしっかりと大地に付け、腰が反らないように注意しながらお腹と太腿に力を入れ、背骨を引き上げてまっすぐになります。肩は楽にして、自分が一本の木になったイメージで」  誘導に従いながら、身体の各部分に力を入れたり緩めたりする。ただ「立っている」だけなのに、なかなか感覚が掴めず、足元がふらふらと揺れている気がする。 「自分を大地に根を張った大木だとイメージして、身体の力を抜いて、楽にして」  目を閉じ、大きな木をイメージしてみる。子どもの頃よく遊んでいた、実家の近くにある神社の大きな楠を思い浮かべると、ふらついていた足元が次第に安定してきた。 「そう、その感じ。ヨガの間立っているときは、常にこの状態を意識して」  ぴったりとパズルが当てはまったように、大地に根を張る感覚を掴めた。ここへきてようやく「出来た」という気がして、菫は嬉しくなった。
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