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ジャンプの後に片膝を付き、胸に手を当ててポーズを取った桜庭が、呼吸を整えてから立ち上がる。壁際に置かれたタオルで汗を拭いた後、座ってシューズを脱いだ。トートバッグに荷物を片付け、ふたたび立ち上がった桜庭が菫の方に振り返ったので、菫は慌てて目を閉じた。
桜庭の足音が次第に近づき、耳許で止まる。しばらくの沈黙の後、床をコツコツと蹴る音が響く。
「おーい起きて」
先ほどの情熱的な踊り手とは思えない、穏やかな声音だ。一体これからどうしようか、しばらく寝たふりを続けるか、それともすぐに目を覚ました方がいいのか、そんなことを考えていたら、頭をくしゃりと撫でられた。
「……面白すぎる」
そうつぶやいた桜庭が、指先で頬をぷにぷにと押してくる。
「お休みのところ悪いけど、そろそろここから出ないと」
このままいじられ放題も嫌なので、観念してゆっくりと目を開けた。
「おはよう」
明らかに笑いをこらえながら、桜庭がにこやかに微笑んだ。
「ヨガのレッスン中に爆睡されたのは、教師になって初めての経験だ」
そう言うと、堪らないと言った表情をして、桜庭がぷっと吹き出した。
「……あの、なんだかすみません」
「いやこちらこそ笑ったりしてゴメンね」
と言いながらも、よほど可笑しかったのか、相変わらずくすくすと笑い続けている。
「よく眠れた?」
「久しぶりにすっきりした気がします」
「よほど疲れてたんだろ。……あ、そうだ」
そう言って、桜庭はすくっと立ち上がった。
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