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 その後も桜庭の主導で会話が弾み、気がつけば菫の終電の時刻が迫っていた。慌ただしく店を出て、駅へと急ぐ。改札口手前まで見送ってくれた桜庭が、申し訳なさそうな顔を浮かべて菫を見つめた。 「こんなに遅くまで付き合ってもらってごめんね」 「俺は明日も休みだから全然平気だけど、桜庭さんこそ明日も仕事でしょ?」 「体力だけはあるから、全然平気」  それじゃ、と言って、もう一度桜庭の顔を見つめる。 「また」とは言えない状況であることが、なぜか無性に淋しい。それは桜庭の方も同じだと見えて、ふたり無言のまま、しばらくその場に佇む。  菫がヨガを始めなければ、もう二度と会うことはないのだ。  だからこそ、いま彼に伝えなければならないことがある。 「さっき、スタジオで見たんだ。桜庭さんが踊ってるところ」 「……さては狸寝入りしてたな」  茶化すような口ぶりの桜庭をスルーして、さらに畳みかける。 「そのまま空に飛んでってしまうんじゃないかって思うくらい高く飛んでて、俺踊りのことなんか全然分かんないけど、とにかくすげえって思った。……なんて言ったらいいか分かんないけど、……俺桜庭さんのこと、すげー、……素敵だと思った」  そう言って、自分が発した「素敵」という言葉に菫自身がびっくりしてしまう。慌てて口を塞ぎ「えっと、」と繋ぐも、何と言ったらいいか分からず口ごもってしまった。  俯いた菫の耳に、ため息ともとれる桜庭の大きな息の音が届く。恐る恐る顔を上げると、意外にも桜庭は穏やかな表情で微笑んでいた。 「……ありがとう」 「……」 「あとさ、僕は君の言う『素敵』とまったく同じ意味で、君の名前が素敵だと思ったんだ」 「……」 「だから、名前で呼んでいい? 僕のことも名前で呼んで」 「……それは、」 「『多季(たき)』」  戸惑う菫をよそに、桜庭は続ける。 「僕の名前。呼んで」 「……多季、さん」 「よろしくね、菫。それから、前言撤回。やっぱりヨガ習い始めてよ。そしたら、こうしてまた会えるから」 「……」 「おやすみ」  ひらりと身を翻したその動きも、やはり踊っているように優雅だった。まっすぐに背筋を伸ばして足早に去って行く背中に「おやすみなさい」と声を投げかけてから、菫は駅のホームへと急いだ。
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