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 帰宅後、軽くシャワーを浴びてベッドの上に転がった。布団に潜り、目を閉じるも今夜の出来事が絶え間なくフラッシュバックしてくる。完全に頭が興奮状態に陥っていて、とてもこのまま眠れそうになかった。  上半身を起こしてノートパソコンに手を伸ばす。布団に入ったままの姿勢で、ヨガスクールのホームページを開いた。  講師紹介のページを開くと、一番上に多季が掲載されていた。  にこやかに微笑む多季の画像と共に、そこには受講生へのメッセージが簡潔に記されている。ヨガを始めた経緯については「怪我のリハビリのため」と書いてあるだけで、特に目新しい情報はなかった。  多季が言う「前の仕事」が、バレエに関わるものであることは、踊る姿を見て確信していた。しかし、多季はあえてその話題を避けたがっているようにも感じた。  そんなことを考えながら、ふと本人以外から多季の情報を収集しようとしている自分はどうかしていると思った。これではまるでストーカーだ。パタンとノートパソコンを閉じ、ふたたび横になる。  別れ際の多季の言葉がいつまでも耳から離れなかった。ヨガを始めるかどうか、まだ菫の心は決まっていない。いまだ習い事など無駄な出費だという思いが消えないし、ただでさえ仕事が忙しいのに、わざわざ電車で都心まで通い続ける気力があるのかと自分に問えば、正直言って自信がなかった。  それでもこうして迷っているのは、やはり多季との出会いがあったからだ。  臆することなく菫の名前を呼んだ多季。また会いたいと言ってくれた多季。  それが彼なりのスクールへの勧誘方法だと考えるのは簡単だ。体験レッスンに訪れた女性を誘い、食事を共にしてあの人懐こい笑顔を向けられたら、誰だって悪い気はしないだろう。どんな女性だって、きっとまた彼に会いたいと思い、あっさりと入会してしまうだろう。そして、そんな自分の魅力を、彼自身が一番よく分かっているのだろう。  しかし、今夜多季と過ごした時間を思い出すと、どうしてもそういう邪推の方には心が向かなかった。彼の誠実さを、それを感じ取った自分自身の感覚を、疑いたくはなかった。    そして、なによりも菫自身が、多季についてもっと知りたい、また会いたいと思っているのだ。
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