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ここまで来たからにはうまい魚料理を食べに行こう、と多季に連れて来られたのは漁港近くの定食屋だった。観光客向けではなく、地元の人に愛されていそうな、おおらかな店構えだった。
数種類ある定食と散々迷って、結局見た目のインパクトで海鮮丼を選んだ。多季も同じく海鮮丼をオーダーする。
運ばれてきた丼はこれでもか、というほどにたくさんの種類の刺身が盛られていて、菫のテンションは最高潮に達した。厚切りのマグロや甘くとろけそうなイカ、こりこりと歯ごたえのあるつぶ貝。久しぶりに食べる新鮮な魚があまりにも美味しくて、菫は終始無言でむしゃむしゃと食べ続けた。
「満足した?」
「大満足だよ。腹いっぱいだ」
残ったアサリ汁を最後まで飲み干し、満腹の腹を撫でる菫を微笑ましそうに見つめながら、ゆっくりと味わうように食べる様子はやはり優雅で、多季が食べ終わるまで、頬杖をついたままその姿を眺めていた。
車の給油を終えてから、ふたたび車を走らせる。海岸線を進み、広々とした駐車場に止まった。階段を下りるとそこは海水浴場で、白い砂浜に穏やかな波が寄せては返している。
「帰りが遅くなっても大丈夫?」
「全然平気」
「ここからの夕日の眺めは最高なんだ。まだ少し時間があるけど、せっかくの良い天気だから見てから帰ろう」
平日だからか、地元の人が犬と散歩しているくらいで、ほとんど人気はなかった。
ふたり並んでベンチに座り、どこまでもきらめく海を眺める。都会の喧噪から離れ、心が伸びやかに広がっているのを、心地良く感じていた。
「多季さんって、この辺に詳しいの?」
ここまで来る途中の、勝手知ったる様子が気になって、そう訊ねてみる。
「うん。母親の実家がこの辺だったから、子どもの頃からよく来てたよ。夏休みになると一週間くらいここで過ごしてたし、さっきの店も、必ず訪れてた。祖父さんも祖母さんも亡くなって、いまはもう家も残ってないけどね」
「そっか、」
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