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眩しい陽差しは薄雲に覆われ、次第にオレンジ色に移りゆく空をふたり無言で眺めていた。
「風が気持ちいい」
ぽつりとつぶやいた多季が、突然すくっと立ち上がると、海辺に向かって早足で歩き出す。まるでいままさに羽ばたこうとする鳥のような身のこなしに、菫は瞬時に目を奪われた。
広げた両手がふわりと上がると、多季は軽やかに踊り出す。片足を上げたり、回転したり、両膝を開いて曲げたり。両腕をしなやかに動かしながらも、卵を抱いているようにふんわりとやわらかな、まるでそよぐ風のような動きだ。
「すげー……」
赤く染まる空を背景に踊る多季の姿を、目を細めて眺めながら、菫はつぶやいた。
なんてきれいなんだろう。空も、海も、多季も。
きれいで、繊細で、そしてやさしい。
この世界に生まれて、そしていまここにこうして生きていることを、心から喜び感謝したくなる、そんな気持ちで満たされる。
両手を胸に当て、ポーズを取った多季が、何度か肩で息を繰り返した後、振り返った。にっこりと微笑む横顔が夕日に照らされる。その笑顔が眩しくて、きれいで、思わず泣きたいような気持ちになって、菫はますます目を細めた。
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