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 帰り着いたのは午後十一時前だった。菫のアパート近くの、二十四時間営業のスーパーで車を停めてもらう。 「遅くなってごめんね」 「いいよ。こっちこそ全部運転してもらって、疲れただろ?」 「楽しかったから、全然平気だよ。……菫はどう? 楽しんでもらえた?」 「もちろん。すげー楽しかった」  本当はもっとずっと一緒にいたいくらい楽しくて、今日という日が終わってしまうことがとても淋しかった。 「また出かけよう」 「うん。楽しみにしてる」  それじゃ、ありがとう、と言って、車を降りようとしたところで、菫はふと動きを止めて、振り返る。 「……多季さん、あのさ」 「ん?」と多季が、菫を見つめる。 「今日は全部が全部楽しかったけど、でも一番楽しかったのは、多季さんが踊ってるところをまた見られたこと。俺、多季さんの踊ってる姿が、大好きだ」 「……」 「おやすみなさい」  そう言って、すこし照れくさくなって素早く降りようとした肩を、多季の手ががっしりと掴んだ。驚いて振り返ると、多季は眉をしかめ、これまでに見たことのないような、ひどく険しい表情で菫を見つめている。 「……どうした?」  まるでスローモーションの映画を観ているようだった。多季の顔が、ゆっくりと菫に近づいてくる。 「……菫、」  すこし首を傾げた多季のくちびるが、菫のくちびるに重なる。軽く触れ合ったそれが一瞬離れた後、今度はもう一度、深くしっとりと押しつけられた。  どのくらいの長さだっただろう。菫は目を見開いて、多季の瞼を覆う睫毛の、その長さに見とれていた。 「……」  ちゅ、と音を立て、くちびるがゆっくりと離れていく。小さく息を吐いた多季が目を細めた後、くしゃりと菫の髪を掻き上げながら、微笑んだ。 「おやすみ」 「……おやすみなさい!」  突然夢から覚めたようにそう叫んで、菫は慌てて車を飛び降りた。そのまま足早に歩き出す。早く、早くと心が急かしてくる。ふたたび多季を振り返ることも出来ないまま、脇目も振らず歩き続ける菫の背後から、次第にエンジン音が遠ざかっていった。
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