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 空は完全に明るくなり、窓の外からはチュンチュンと鳥のさえずりが聞こえてくる。トイレを済ませ、洗面所で自分の顔を眺めると、睡眠不足のせいか両目が真っ赤に充血していた。こめかみの辺りががズキズキと痛み、それを和らげるように軽く頭を拳で叩きながら、ふたたびベッドの中へと潜り込む。  こんな状態では仕事をこなすことなど無理だろうと判断して、朝七時過ぎたところで高熱が出たから休むと会社に電話した。入社して以来、初めての欠勤だ。どんなに疲れていても、仕事に行きたくなくても、休んだら負けだと気合いだけで働いてきたこの一年とすこしの緊張の糸がぷつりと切れたことで、ようやく気持ちが緩んだのか、その後急激な眠気に襲われ、ベッドに沈み込むように眠りに落ちた。    目が覚めたのは正午をすこし過ぎた頃だった。ズキズキとした頭の痛みは取れていたが、まだ眠気が残っているのか、身体がだるかった。上体を起こしたまましばらくぼんやりとベッドの上で過ごす。  腹が減ったので冷蔵庫の牛乳でココアを作った。幼い頃、菫が泣いたり落ち込んだりした時は、決まって母がココアを作ってくれた。それから、食パンにシナモンと砂糖をまぶしたおやつ。あのあまい香りと素朴な味が無性に恋しくなり、そう思ったらいてもたってもいられなかった。  さっと着替えて、近所のスーパーへと向かった。外は天気が良く、風が暖かい。春の匂いがするのどかな空気だった。スーパーで食パンとシナモンシュガー、それから肉や野菜などを適当に買って帰った。  食パンを一口大に切って、温めたフライパンにたっぷりのバターを投入する。時間をかけてこうばしく焼き上げ、シナモンシュガーをたっぷりと振りかければ完成だ。  小鍋に残ったココアに牛乳を加えて温め直し、熱々のおやつと一緒に食べる。こんな時におふくろの味が恋しくなるなんて、いったいどんだけマザコンだよ、と自分で突っ込みを入れながら、それでもシナモンのあまくしあわせな香りに心が次第に落ち着いてくるのが分かった。 「今年こそは長崎に帰ろっかな……」  仕事の忙しさにかまけて、就職してから実家には一度も帰省していない。  多季と話したことを思い出す。長崎に行きたいと言った多季。一緒に旅行できることを、昨日はあれほど楽しみにしていたのに。
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