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 その後も多季とはそれまでと変わらず会い続けた。レッスンの後、待ち合わせて一緒に食事や買い物をしたり、おたがいの休日が重なった日には車で遠出したりもした。  ふたりの関係で変わったことと言えば、多季が菫に対する好意をあからさまに示し始めたことだ。ちょっとした隙を狙っては、菫の腕や肩や髪に触れてくる。人気のない場所では指と指を絡ませ、手を繋ぐ。ことある毎に「好きだよ」と屈託ない笑顔で告げられる。  多季への印象も変わり始めた。一緒に過ごす時間を重ねるにつれ、少しずつ菫に甘えるようなそぶりを見せ始めたのだ。「姉貴にいっぱい甘やかされたから」と本人が言った通り、時には我が儘で強引な一面も覗かせる。表情も豊かになり、菫に対して口を尖らせたり、頬をふくらませたりもした。人をからかうのが大好きで、際どい冗談や、顔に似合わぬ毒舌を吐いたりもする。  以前の多季は颯爽としていて、スマートな印象を受ける一方で、隙のなさも感じていた。だからそういう多季の素のままの姿は菫にとっては新鮮で、可愛らしくさえ感じることもあり、ますます多季のことが好きになっていった。  ドライブの後、別れ際には必ずキスされた。「……いい?」とねだるように囁きながら、やわらかにくちびるを重ねてくる。キスが終わると、菫の胸に甘えるように頬を埋め、ぎゅっと抱きしめられた。 「菫、……好き」  胸から顔を離した多季が上目遣いに菫を見つめながら、ふたたびくちびるを重ねてくる。繰り返しついばむような軽いキスを重ねた後、すこしの間見つめ合う。 「おやすみなさい」  多季の髪をくしゃりと撫でてから、菫は車を降りる。その手のひらに、いま伝えられるだけの精一杯の想いを込める。 「おやすみ」  そう返す多季の表情が、淋しげに翳るのに気づきながら、それでも菫は「好き」という言葉をいまだ返せずにいた。 「好きだ」と多季に告げれば、晴れて両想いだとは分かっている。しかし菫にはまだその言葉を伝える決心がついていないのだ。
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