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 ちょうど仕事の休日と重なった次の日曜日、菫はS駅へと向かった。普段の休日はたまった洗濯や掃除をして、外出と言えば近所のスーパーへ必要最低限の食料品や日用品の買い出しに出掛ける程度で、あとは家でゴロゴロと過ごすのがおきまりのパターンだった。ただでさえ人の多い日曜日に市街に出かけるなど、菫にとってはありえない事だし、わざわざ金を払って疲れに行くようなものだと思う。  二時間おきにクラスが始まるから好きな時間に行けばいいけれど、あらかじめWebか電話で予約しておけばいい。フェイスタオルと動きやすい服を持参で、という事前情報を中道さんから伝えられてはいたが、結局予約もせず、ホームページさえチェックしていない。  本当に気が乗らないのだ。動きやすい服装、というのもピンとこなくて、仕方なく部屋着として使っていた高校時代のジャージを引っ張り出してリュックに詰めこんだ。午前中はベッドのなかでぐだぐだと過ごし、昼をとうに過ぎても重い腰が上がらず、やっと覚悟が決まった頃にはすでに午後四時を過ぎていた。 「……はあ、行きたくねえ……」  往生際が悪いとは思いながらもそうつぶやきながら、とぼとぼとアパートを後にした。  チケットの裏に記された簡単な地図では、S駅西口から直結するビルの九階だと書かれている。人混みを避けながら標識を頼りに目的のビルへと進み、地下一階のフロアに辿り着くと、そこは小洒落た雑貨と洋服が並んでいて、女性客や若いカップルで賑わっている。逃げるように足早に通り抜け、エスカレーターで一つ上のフロアに上がると、これまたお洒落なベーカリーカフェが現れ、香ばしいパンとコーヒーの香りが充満するなか、きらびやかな女性たちがフロアに溢れかえっていた。 「……もしかして俺、めちゃくちゃ場違いな場所に踏み込もうとしてるんじゃないか?」  ここへ来てようやく、菫は自分が想像していた髭もじゃインド人のヨガ教室とは異なることに気づき始めたのだった。
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