1

7/14

614人が本棚に入れています
本棚に追加
/221ページ
 眩暈を覚えつつようやく九階に辿り着き、目当てのヨガスクールに意を決して飛び込んだ菫は、ここに着くまでの嫌な予感が見事に的中したことを瞬時に悟った。  上品なベージュ色の空間には、ところどころに鮮やかな花が飾ってある。ピアノのゆったりとした音楽が流れる受付には長い髪を後ろできゅっと束ねた美しい女性が座っていて、菫を見つめて微笑んだ。  と同時に、ちょうどクラスが終わったのだろうか、奥の方から数人の女性がおしゃべりをしながら現れる。若い女性たちの服装はピンクや黄緑や淡い紫のキャミソールなど、全体的にお洒落かつ胸元や肩から二の腕辺りの露出度が高く、不自然に目が泳いでしまう。これではもう完全に変質者だ。 「あの、初めての方ですか?」  動転する菫に、美しい受付嬢がやさしい笑顔で話しかけてきた。 「ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」  にこやかにそう促され、菫は慌ててポケットから体験チケットを取り出すと、受付嬢に提示した。 「あの、これ、知り合いの人からもらって、」 「ありがとうございます。……中道からのご紹介で、吉志様ですね。話は伺っております。ようこそお越しくださいました」  うやうやしく頭を下げられ、すっかり恐縮した菫も「いえいえこちらこそ」とぺこりと頭を下げる。 「ヨガは初めてとのことですが、大変申し訳ございません。本日最終の初心者向けクラスはあいにく満席となっておりまして」 「……はあ、そうなんですか」 「いつもは日曜日の夜クラスだと大抵空きがあるんですけど、今日は当校一番人気の講師が担当しているんです。それで、すぐに満席になってしまいまして。……せっかくお越し頂いたのに申し訳ございません」 「いや、いいです。予約しなかった僕の方が悪いですから」  それでも申し訳なさそうな顔を浮かべた受付嬢から「よろしかったら見学だけでもされませんか?」と声を掛けられたが、菫はその申し出を丁寧に断った。クラスに参加できなかったとは言え、ここまで来たという既成事実は作った。ようやくこの場から退散できると、内心ほっとした、その時だった。 「どうした? 何かあったの?」  背後から声を掛けられ、菫は反射的に振り返った。
/221ページ

最初のコメントを投稿しよう!

614人が本棚に入れています
本棚に追加