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 梅雨の終わりの厚い雲に覆われた憂鬱な空とは裏腹に、目覚まし時計が鳴る前にベッドから起き出して、菫は弾むような心で朝食を作った。今日は久しぶりに多季と休日が重なったのだ。  身支度を調えていたところで多季からの電話が鳴った。これから大雨になると天気予報が告げているので、ドライブは中止して多季が住むアパート近くのカフェで昼食を食べないか、という提案だった。菫は快く承諾する。ドライブでも昼食でも、ただ街を散歩するだけでも良い。多季に会えるという、そのことが菫にとっては何よりも嬉しかった。  多季の最寄り駅は電車で三十分ほどの距離にある。空調がよく効いた電車から降りると、むわっとした熱気と湿気に包まれた。勝手の分からない駅のホームで、ひとの流れに身を任せて改札口へと進む。改札口近くに佇む多季を認めて手を振ると、大きく手を上げた多季がぱっと華やかな笑顔で菫を迎えてくれた。その顔を見るだけで、身体と心の端々まで癒される気がした。 「すこし痩せたんじゃない?」  そう言って、向かい合った多季が菫の頬を撫でる。日々の数少ないやりとりのなかで、ここ最近仕事が殺人的に忙しいことを伝えていたからか、とても心配そうな顔をして菫を見つめてくる。 「平気。今日美味しいものをいっぱい食べたら回復すると思う」 「それじゃ、早速行こう」  電車に乗っている間に雨は降り出していた。折りたたみ傘を差し、狭い歩道を多季が先に歩いた。
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