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 アミラさんは、からかうように片眉を上げた。「アミラさん」とファーストネームで呼ぶのは少し気恥ずかしい感じがする。「『ウォーネットさん』なんて堅苦しい呼び方はやめてくれ。かちかちの上下関係で気を使われるのは、あんまり好きじゃないんだよ」と涼しい顔で言ってのける彼女は、気が優しくて弱腰な僕に、むしろ気を使ってくれていたのかもしれない。アミラさんは、トルイタム王国では名うての騎士だった。赤い紐で、長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。黒マントのおかげで普段は見ずに済むのだが、目のやり場に困るサイズの胸の割には軽快な身のこなしで、男たちは油断している内にすぐにその首をはねられてしまう。アミラさんの二つの黒い瞳の奥には、どんなときも休むことなく鋭い光が宿っている。  現在、トルイタム王国はザイジェント王国に対して宣戦布告をしていた。二国は、以前から領土問題でもめていたのだが、痺れを切らしたトルイタム国王がついに強硬手段に出たのだ。国王レイドゥン・ドーブリンゲンは騎士出身の気性が荒い野心家で、前国王夫妻の暗殺事件の後に王座についた。この戦争は、ドーブリンゲン国王の性格から考えれば不思議なことではなかった。しかし一つだけ問題が起こった。ザイジェント王国側には「(くれない)の白雪姫」という殺人マシーンが味方しているらしいのだ。  戦いの前夜、アミラさんは唐突に騎士団員寮の僕の部屋を訪れてきた。この夜は少し複雑な感情が入り混じっていて誰と話すのも億劫だったのだが、僕はアミラさんの顔を見て、不思議と微笑みを浮かべた。 「いいえ。武者震いですよ。可愛らしい白雪姫がどんな戦いをするのか、この目で見てみたいんです」  言うと、アミラさんは目を丸くした。 「ノースにしては珍しいね。情け容赦なんて一切ない、残酷な女だと聞くよ。歯向かえば簡単に死刑にしてしまう、何とか王国の国王みたいに」  僕は乾いた笑いを浮かべた。 「失言ですよ」 「敵国の戦士の名誉を傷つけたことが、かい?」     
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