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こんな幼少期から、大きな悲しみを負った彼女の心傷は、あまりにも深い。
男の汚さを、嫌と言うほど知っていた。
だから特に、父の様に顔で選ぶタイプの男に、敵対心が強かった。
里奈自身は、全ての男がそうではない事に気づいていたが、それでも男に興味を持つ心は何一つなかった。
もっと正確に言えば、また自分が裏切られたら耐えられない、と言う気持ちと毎日不安な気持ちで過ごす事の恐怖は、二度と味わいたくなかった。
私の様に希望を断ち切られ、前を向く事にさえ、疲れるようにはなって欲しくない。
本当は誰も男は寄って来ないで、女同士ずっと居たい。
そんな我儘な気持ちとは裏腹に、記憶喪失な彼女には、1人でも仲間がいた方が良い。
何より、いつの日か全てを取り戻した時、一緒に笑える人が1人で多く欲しいと2つの心があった。
どっちが本物の気持ちかは、わからない。
どちらだとしても、大切な親友を思った答えだ。
「大丈夫だよ。
そんな心配しなくても」
瑠璃が、間に入って言った。
溜息吐き、自分を落ち着かせた。
「そうだよね。私達が居るもんね。」
瑠璃は里奈が心底人を思いやる事に、友達として誇らしかった。
片目をパチっとさせ、冗談交じりに「里奈は友達に、過保護なとこあるから。」
瑠璃は霊子にそう言ったが、その言葉には里奈が過去に囚われないで未来を向く事を、意味しての事だった。
親指を、後ろに指して言った。
「内の男子は、みんなへっぽこばっかりでしょ。
そもそも美人を見たら腰抜かす奴が殆ど、心配要らないよ。」
波も京子も、そうそうと頷いた。
里奈は冷静になって改めて自分が、気にし過ぎな事を自覚した。
苦笑いして口には出さないが、顔は謝っている様子だった。
瑠璃が、切り出す。
「じゃあ、昼間の続きをしよっか。」
京子は両腕を顔まで近づけ、手首をだらんとさせながら言い出した。
「今9月だから学校が、陽が落ちるのも早いから暗くなると出るかもよ~!」
京子は場を盛り上げる為に霊子に言ったが、京子の姿はただ太った人が、はしゃいでいる様にしか見えない。
明るい内に、学校を案内するため歩き出した。
廊下を歩いていると、昼間のクラスを通り過ぎた。
やはり昼間より重苦しい空気は、いっそう増した。
そのまま歩いて理科室が近くなった。
霊子には何故か事件があった教室より、理科室の方が嫌悪感を抱いた。
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