だれか、かわって。

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――山本さんのばかーっ!私が怖いのすんごい苦手なの知ってるくせに!  声に出して叫びたいが、そういうわけにもいかない。私は半泣きになりながら階段を登っていた。  このボロボロで、耐震構造何それ美味しいの?なさくら二丁目ビルが、今の私の職場である。四階建てビルの二階が、私達の会社のオフィスだ。私が事務で働く“夏目販売株式会社”は、数年前に出来たばかりのとても小さな会社である。――私は此処で、去年の暮れから働いている派遣社員だ。二十九歳で何で新入社員をしているかといえば、当然それも訳がある。以前の会社を、人間関係のトラブルでやめてきたせいだった。  なんせあの会社の上司と来たら、オバンどもの若手イビリを見てみぬフリやがって――とまあ、今はその話は、いい。夏目販売は小さな会社だがみんな気前が良くて親切だし、こじんまりしたオフィスはボロビルの中にしては綺麗で雰囲気がいい。私より二年長く勤めている山本佳菜子先輩も優しくしてくれる。自分が直接の被害者ではないが、間近で大企業のパワハラを見てきた身としては――中小企業のアットホームで、一人一人を大切にしてくれるこの雰囲気がどれほど有り難かったか知れない。いや、まあ勿論、大企業にだって社員を大切にする会社はあるのだろうし、中小企業にだってブラックなところはあるのだろうとは思っているけれど。  そう、みんな優しいし、山本先輩には特に感謝しているのは間違いない。――間違いないのだが。 ――うううっ!あの、あの怪談好き悪戯好きさえなければいい先輩なのにっ…!  何度か一緒に遊ぶくらいには仲の良い先輩だ。先輩というより、年上のお姉さん、あるいは姉御肌の友人に近い関係である。  そう、映画も遊園地も一緒に行っているのだから知らないはずがない。私がホラー映画の序盤で気絶したことも、某夢の王国のホーンテッドマンションでさえ絶叫しっぱなしだったということも全部だ。知っているのにどうしてこう、彼女は余計な話を持ち込んでくれるのだろうか。 『このビルって、ボロいけど東京区内だし、そこの駅から徒歩五分じゃん?それをうちの社長がさ、格安でビルごと買ったらしいんだよね。なんで安かったんだと思う?』  ああ、彼女がにやにやしながら、小声で囁き始めた時点で逃げれば良かった!
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