4人が本棚に入れています
本棚に追加
それは、何気にポストに投函されていた。
絵葉書だった。パリからの。エッフェル塔が大きく入った写真が印象的な。裏を見ると、「早瀬さえり」の文字が目に飛び込んできた。
「私、今、パリにいます。あのとき、出発準備で忙しくて、メール出せなくてごめんなさい。帰国するときは、その前にちゃんと連絡しますね。「バラ色の人生」、歌ってますか? では、また?」
僕は、何故か、これでいいんだ、という気持ちになった。
彼女は、このマイペースさが持ち味なんだ。
ストーカー被害から逃げてどこかに身を潜めているなんて、勝手に思っていた自分が馬鹿らしくなった。どこか悲しげで、何かに怯えていて、なんていうのは、僕が創り出した「さえり像」だったわけだ。
本物の方は、留学のことで忙しくて、メールのことなんて忘れていて、かなり時間が経ってから、「そうだ、そんなこともあったな」なんて、絵葉書を書いてくる、そういう女性だったわけだ。
いや、歌詞カードを送ってくれたり、絵葉書を書いてくれたりするって、なかなかできることじゃない。温度差はかなり違うけれど、僕のことを少し気にかけてくれただけで充分じゃないだろうか。一度逢っただけで、それ以上何を望むというのか?
友里の時は、そうじゃなかった。
彼女は、僕の理想に近かった。それで、僕は満足していた。
でも、それが彼女が無理して努力してくれていたなんて、知らなかった。真面目で頑張り屋の友里の横顔が浮かぶ。僕が苦しめていたなんて。ごめん、本当に知らなかった。
さえりさんのペースに翻弄されている方が逆に気楽なのかもしれない。次のメールが来るかどうかわからないけど、気長に待とうじゃないか。少なくともこちらが彼女を傷つける心配はないわけだ。
最初のコメントを投稿しよう!