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僕は、以前のように、さえりさんに恋焦がれることはなくなっていた。
心の片隅に、ぼんやりと、また再会できたらいいのにな、という気持ちを残していたが、それが生活を脅かすような力を持つことはなかった。それは、諦めかけて、夢の欠片のような存在だった。
季節は、どんどん冬に近づいていた。あの、青山通を歩いた時のような、夏の名残りの生ぬるさではなく、ピンと張りつめた空気が通りを支配していた。家の近所の公園に近づくと、大きな銀杏の木が黄色から茶色に近づいた葉をゆっくり揺らしていた。落ち葉はまだ少ない。
僕は、さえりさんではなく、友里のことを思い出していた。
つき合い始めた時、彼女は、僕の公園巡りについて来てくれた。紅葉した自然公園に、彼女の真っ赤なダウンジャケットはよく似合った。
「わぁ、ドングリが、こんなに一杯。」と言って、慣れない手袋で一つずつ掴んでは、コンビニで飲料を買う時にもらったビニール袋に入れていた。幼い女の子のように、手つきが可愛くて、僕は思わず後ろから抱きしめていた。
「ちょっと、何?」と戸惑いながら、振り向く友里は、微笑んでいた。
映画を観たり、音楽会に行ったりするのが好きな、都会的な友里は、秋の深まる時期に、白金台の自然教育園に連れ出してよかったのだろうか?隣の庭園美術館の方が相応しかったのではないだろうか?
都会で育っても、遠くにある海や山のことを思っている僕。
都会で育って、都会の都会的なところを徹底的に究めようとしている友里。
いや、考え過ぎだろう。そんな単純なことで友里は無理していたんじゃない。
僕の性格についていけなくて、無理していたんだろう、きっと。
公園のベンチに座り、落ち葉の風景の中に、友里の赤いダウンを思い浮かべていた。
あの振り向いた時の無邪気な笑顔。可愛かった。
すると、急に強い風が吹いて、枯葉の集まりを舞い上げた。僕の視界は、落ち葉の群れに突然遮られ、気付くと、友里の面影は消えてしまっていた。
風のせいで、友里はいなくなった、みたいな錯覚が一瞬頭をかすめた。
いや、違う。不意の風のせいなんかじゃない。僕のせいだ。
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