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それから、1か月が過ぎた。
毎朝、仕事始めにパソコンのメールをチェックするのだが、今日は見慣れないアドレスが二つほどあった。
一つ目は、二度ほど歌ったことのあるシャンソニエのオーナーからで、急な依頼で悪いが、明後日の夜出演してほしいとのことだった。前座の一人がインフルエンザにかかったらしい。小説の締め切りには、まだ2週間あるし、レギュラー出演しているシャンソニエが来週なので、歌の準備はできている。このオファーは受けた方がよいだろう。
二つ目は、宛名無しに、いきなり文章から始まっていた。
帰国しました。お会いできるかしら。
20日から23日の間で、都合の良い日を教えてください。年末でお忙しいかしら。
さえり
さえり!
僕は、目を疑った。
友里から手厳しい忠告を受けて、自分勝手に理想の「さえり像」を創っている自分に気づき、暫く想像するのはやめていた。それに、メールなんて来ないんじゃないかという半ば諦めの気持ちもあった。
でも、それは、突然届いたのだ。
僕は、今回は、直ぐに返信メールを書いた。
いろんな修辞はせずに、簡単な挨拶文と、都合のよい日時の羅列だけを書いた。
初めての相互コミュニケーションだった。そして、返信メールはエラー無しに相手にちゃんと到達した。これで、少なくともこちらからメッセージが送れることとなった。
その晩は、久しぶりにぐっすり眠ることができた。
さえりさんと僕の、二人の時間の針が再び動き出した。その針の動く音が聞こえるんじゃないかと想像しながら、ベッドに入ると、するすると睡魔に導かれた。
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