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僕は、夢の中でキスをしていた。霧の中のような、ふわふわした場所で。
相手は、さえりさんのつもりでいた。キスをしながら、誰だか確認したくて、唇を離そうかと思ったが、この唇の感触をずっと味わっていたいと思い直した。
やがて顔を離すと、それは、友里だった。
うっとりした表情をしていた。つき合っていた頃のように。
夢から覚めて、何か、とんでもない大事なものを失ってしまったような、焦りに似た気持ちが込み上げてきた。友里は、もういない。さえりさんと再会できるかどうかも、まだわからない。
どうして、友里とキスしていたのだろう? 僕の中で、まだ、友里への想いは生きているのだろうか? この間の彼女からの忠告が、よほど堪えたためなのか?
わからない。
いてもたってもいられなくなって、僕は、スマホの電話帳に残っていた友里の携帯番号を検索して、電話を掛けた。
3コールで出た友里は、「何?」と素っ気なく言った。
「俺だけど。」
「声でわかるわ。」
「あのさ、あの時、訊けなかったんだけど。」
「何?」
「俺って、変れるのかなぁ?」
「さぁ、わからないわ。」
「俺が変わったら、君ともう一度...」
「あのね、誤解しないでね。こないだの話は、言い残したことを言っただけなのよ。」
「そう、そうだね。」
そして、「今日、出かけるので、忙しいから、切るね。」と早口で言って、友里は電話を切った。
僕は、何をしてるんだろう?
友里に電話して、何を確認したかったんだろう? 「もう一度」なんて、何で言ってしまったんだろう? もう戻れないことは、知っていたはずだ。
友里との想い出は、大切にしまっていないで、思い切ってどこかに捨てにいかなければならないのだろう。どこか遠くに出かけていって、そこで、海に沈めるか、山に葬るか、そういう心の整理が必要なのかもしれない。
夢の中のキス。別れた女とのキス。
その切なさをどうすれば忘れることができるのだろうか?
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