4.それは、唐突で、心の準備もなくて

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 何も進展の無いまま、新しい年が明けた。  その夜は、友達のライブに呼ばれて、新宿駅西口で降りて歩いていた。開演が7時だったので、人をかき分けて急いで歩いていると、いきなり頬に冷たいものの感触がした。  空を見上げると、小さな白い塊がいくつも降りてくるところだった。初雪は、いつも突然やってくる。  僕は昔から、雪が降ると、時が止まったような錯覚に陥る。  舞いながらゆっくり降り下りてくる雪を眺めていると、時の流れがスローモーションになって行き、やがては時が止まるような感覚になるのだ。  その雪の中に(まぼろし)を見ることができるのではないか、と期待するのだが、実際に見たことはない。  店に着くと、まだ開演には5分ほどあった。  出演前で緊張する友達、アキラに目で合図して近づき、「頑張れ。」と小声で言う。  「いつもの源さんじゃないから。緊張だよ。」と彼は言う。  別のピアニストなんだ、と思って、そちらの方を見て、僕は息を飲んだ。僕の心臓は、胸から飛び出さんばかりにポンと跳ねた。  そこには、さえりさんが座っていたのだ!  人違いじゃないか、彼女ピアニストじゃないし、と思って、もう一度見直した。  いや、彼女に違いない。目も鼻も口も、その形とその配置を忘れてしまっていたが、今、目の前で、レンズをフォーカスするようにみるみるパーツが繋がっていって、そこには、すっかり蘇ったさえりさんがいた!  嘘だろ。いや、間違いない。  雪の夜に起こった、とんでもない出来事。  それは、雪の日に見ることのできる幻なのか?      
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