4.それは、唐突で、心の準備もなくて

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 僕は、歌い始める前に自然にブレスするように一度息を吸い込んで、それから(おもむろ)に彼女に近づいて行く。歌よりもずっと緊張する。  彼女と目が合った。が、反応は全く無い。    「あの、お久しぶりです。」と僕が話しかけると、はぁ?という感じで不思議そうな顔をしている。  「僕です。庄司です。」と名乗る。  一呼吸あって、「どなたでしょう?」と尋ねられた。  えっ、まさか、人違い?  「あの、草月ホールでお会いした。」  「いつですか?」  「去年の秋でした。」  「そうなんですね。」と彼女は、なるほどという納得した顔をして続けた。  「姉とお会いになったんですね?」  「お姉さん?!」    僕は、ドギマギした。さえりさんがメールで「妹に邪魔されて」と書いていた、あの「妹」が目の前にいるのだ! 姉妹とは言え、彼女の天敵にどう接すれば良いのか?  「また、姉が、気を持たせるようなことをしたんでしょ?」  「えっ?」     僕の小さな驚きを他所(よそ)に、妹さんは話し続ける。      「姉は、男の人と知り合うと、連絡したり、しなかったりして、気を惹くことをずっとするのね。男の人って、そうなると、逆に燃えるんでしょ?」  「・・・」  「あなたも、そうなのね?」  「まあ、1回会っただけなんですけど。」  「そこから先へは行けないわよ。」  「そうなんですか?」  「彼女、その気がないから。」  「パリから帰国されたんですよね。」  「パリ? ああ、一週間行ってただけだけどね。」  「一週間?」  「そうよ。旅行で。」  「なんか、誤解してました。留学されてたんでは?」  「あぁ、そういう風に見せてたのね。」  僕は、あんぐり口を開けたことは殆どないが、今夜はそんな気分だった。  ライブが始まるので、話はそこで終わり、僕は、友人の歌を聞くとは無しに、今の妹さんの話を頭の中で反芻するのだった。  
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