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僕は、歌い始める前に自然にブレスするように一度息を吸い込んで、それから徐に彼女に近づいて行く。歌よりもずっと緊張する。
彼女と目が合った。が、反応は全く無い。
「あの、お久しぶりです。」と僕が話しかけると、はぁ?という感じで不思議そうな顔をしている。
「僕です。庄司です。」と名乗る。
一呼吸あって、「どなたでしょう?」と尋ねられた。
えっ、まさか、人違い?
「あの、草月ホールでお会いした。」
「いつですか?」
「去年の秋でした。」
「そうなんですね。」と彼女は、なるほどという納得した顔をして続けた。
「姉とお会いになったんですね?」
「お姉さん?!」
僕は、ドギマギした。さえりさんがメールで「妹に邪魔されて」と書いていた、あの「妹」が目の前にいるのだ! 姉妹とは言え、彼女の天敵にどう接すれば良いのか?
「また、姉が、気を持たせるようなことをしたんでしょ?」
「えっ?」
僕の小さな驚きを他所に、妹さんは話し続ける。
「姉は、男の人と知り合うと、連絡したり、しなかったりして、気を惹くことをずっとするのね。男の人って、そうなると、逆に燃えるんでしょ?」
「・・・」
「あなたも、そうなのね?」
「まあ、1回会っただけなんですけど。」
「そこから先へは行けないわよ。」
「そうなんですか?」
「彼女、その気がないから。」
「パリから帰国されたんですよね。」
「パリ? ああ、一週間行ってただけだけどね。」
「一週間?」
「そうよ。旅行で。」
「なんか、誤解してました。留学されてたんでは?」
「あぁ、そういう風に見せてたのね。」
僕は、あんぐり口を開けたことは殆どないが、今夜はそんな気分だった。
ライブが始まるので、話はそこで終わり、僕は、友人の歌を聞くとは無しに、今の妹さんの話を頭の中で反芻するのだった。
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