4.それは、唐突で、心の準備もなくて

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 その日のライブは、何が歌われたのか、良かったのか、悪かったのか、全く憶えていない。思い出すのは、ピアニスト、つまりさえりさんの妹が「早瀬さゆり」と紹介されていたことくらいだ。  あとは、ぼんやりと、早くライブが終わらないかと思い続けていた。  ステージの合間の休憩時間に、アキラが「俺の歌、どうだった?」と尋ねてきたが、「悪い、ちょっと体調悪くて、ボーっとして、集中して聴いていなかった。」と謝った。  とにかく、さえりとさゆりの姉妹のことだけが僕の頭の中を支配していた。  夜10時近くなって、(ようや)くゲスト歌手が歌い終わり、閉店の時間を迎えると、こちらから行くまでもなく、さゆりさんの方からこちらに近づいて来た。    「これから何か用事あるの?」  妹の方は、最初から敬語を使う気はないようだ。  「いえ。何もないけど。」と僕。  「そう、じゃあ、遅くまでやってるバーにでも行く?」  「・・・」  「そうしたいんでしょ、あなた。顔に書いてあるわ。」  「うん。そうなんだ。」と、僕は言うしかない。  どうして姉妹でこんなにタイプが違うのか? 顔は、双子かと思うくらいそっくりなのに。さえりさんの方が、何でも勿体(もったい)ぶるのに対し、さゆりさんの方は、単刀直入で無駄がない。どうやら、妹の方は、姉とつきあうと酷い目にあうのでやめた方がいいと説得する気なのだろう。    そんなことを思いながら、僕は、さゆりさんに少し遅れて歩いて行く。  
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