1.プロローグ

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 青山通りを目の前にして、僕たち3人は、左右どちらに向かうかの選択を迫られることになり、一瞬沈黙した。  すると、エリックがすかさず「僕は、赤坂方面だから、ここで。」と右に一歩踏み出しながら言った。彼は、僕が彼女ともう少し話したいのを察知して、気をきかせてそう言ってくれたに違いない。   それで、彼女は、「じゃあ、さようなら。私、青山方向だから。」と返事する。  僕は、心臓の鼓動が高まるのを感じながら、なんとか平静を装って、「じゃあ、サリュ、エリック。また会おう。僕も青山に行くから。」とぎごちなく手を振った。    振り向くと、彼女が「帰り道、ご一緒してもいいですか?」と日本語で言ってきた。  言おうとしていたことを先に言われて、自分の気持ちを見透かされたのだろうかと疑った。でも、彼女の自然な様子を見ると、歌詞カードの話が途中だったことを気遣って言ってくれているのがわかり、安心した。  「はい、もちろんです。」と日本語で答えたが、その声は、明らかに日頃のトーンから半音シャープしていた。こういうところが女にモテない理由なのはわかっているが、チャンスを前にしたこの焦りは、そう簡単には直せそうにない。    落ち着け。  僕は、歌の間奏の時のようにいったん心を落ち着けるために一気にブレスして、ゆっくり息を吐いていった。そして、できるだけ静かな調子で、再び彼女に話しかけた。  「その歌詞カードなんですけど。」  「はい。」  「日本で見つけられたのですか?」  「まぁ。」  話が弾まない。何か裏がありそうだ。これ以上突っ込まない方がよさそうだ。ちらっと彼女の横顔を見たが、表情が硬い。明らかに僕は、何か押してはいけないところを押してしまったようだった。それにしても、短い時間でも彼女を見るだけで、ドキドキする。直ぐに目をそらして、街路樹を見るともなく眺めた。    「あやせさんの『あや』って糸辺の『綾』ですか?」と話題を変えてみる。  「いいえ、早瀬です。早いの『早』です。さっきは、フランス語だったので。」  「あぁ。そうだったんですね。失礼しました。」  そこで、彼女は急に破顔して、「謝らなくていいのに。」と笑いそうになった。    ここで笑ったら、もっと打ち解けられたのに、僕の方は妙に緊張して顔が引きつって上に向けて歪んだだけだった。   
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