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さゆりさんは、酩酊して、呂律が回らなくなった。明らかに飲むピッチが速すぎた。
「どうしてあなたは姉が好きなの?」の次に、「わたしとじゃどうして駄目なの?」と言って、そして、「ねぇ、わたしと寝たくないの?」で終わる。このサークル・トークを何度も繰り返した。
酔っぱらってるからかもしれないが、僕は、彼女には何か精神的な病いがあるような気がした。一つのことに拘って、そこから離れないような、そういう性癖を強く持っているのではないか、と。
結局、その日は、僕が強引に腕を引っ張って店を出て、タクシーを拾い、自宅まで送っていくことになった。車内でも、彼女は、同じことを繰り返し大声で話していた。「わたしと寝たくないの?」の後に、「わたしは、まだ、寝たくないわ。」と「ねぇ、ここどこなの?」が加わり、一回りするのに時間がかかっていた。
僕は、ときどき運転手さんに、「騒がしくてすみません。」と謝りながら、彼女の話をうんうんと聞き流していた。とても、まともに相手することはできない。
自宅の前まで漸く辿り着き、二人でタクシーを降りた時、僕は少し心配になったが、彼女は、急にしゃんとして、「あら、やだ、家まで送ってくれたの。ありがと。」と言って、門戸を開けて入っていった。
何だったんだろう? さっきの言葉の繰り返しは。
図らずも僕は、さえりさんの自宅住所がわかったのだが、ストーカーのように家の前で待ち伏せていて、もしも妹の方が出てきたら、と思うとゾッとしてその企みを諦めた。大きな声で自分を肯定して人を非難するような話しぶりには、もうウンザリだったから。
さえりさんがメールに「妹が邪魔をして」と書いていたのは、本当に大変だったんだろうなと容易に想像がついた。
僕がさえりさんを煩い妹から守ってあげよう、と一瞬思ったが、それは、妹のいないどこか遠くへ二人で逃避行するしか他に方法が無さそうだった。
しかし、その前にあの妹が二人が再会するのを妨害するに違いなかった。
誰がいったい、初対面の男に向かって、「私と寝るの寝ないの?」なんて訊いてくる女と上手くやっていけるものか? しかも、それが気になる女性の実の妹なのだ。
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