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そうするうち、フワッと風が吹いてきて、彼女のセミロングの髪を僅かに揺らした。9月のまだ生ぬるい空気が僕の頬も撫でた。街路樹は、微動だにしない。秋風の最初のひと拭きって、こういうものなのだろうかと、ふと思った。
パリにいた時は、どうだったろう?ある朝、突然、北風が吹き抜けて、落ち葉が始まったようなイメージが強いが、それは、短い夏をいつまでも惜しむ気持ちがそういうふうに思わせるのかもしれない。
そうだ!得意のパリの話をしよう。
それで、躊躇いがちに彼女に訊ねた。今度は会話が止まらないように、慎重に言葉を選んだ。
「さっきのフランス語、ネイティブみたいだったけど、留学されてました?」
すると、今度は、手ごたえがあった。
「ええ、1年ほど。OL辞めて自費留学したの。」
「やっぱり。パリに?」
「最初はトゥールで、その後、パリ。あなたは?」
「僕は、最初からパリだった。ソルボンヌの文明講座。」
「私も!やだ、同窓生なの?」
そこからは、パリの留学話でいっきに盛り上がって、かなり打ち解けて会話が弾んだ。
よかった。得意分野に持ち込めて。
実は、以前、別の女性に、留学していたのかと訊ねたら、日本で勉強しただけだとの答えだったことがある。あの時は参った。それは、すごい、留学せずにそんなに話せるなんて、相当努力されたんでしょう、って言った後で後悔したが遅かった。その女性は、留学経験の無いことを馬鹿にされたのだと思ったらしく、その後黙り込んでしまったのだ。今回もそうなるリスクはあった。でも、僕は、彼女のR(エル)の発音を聞き逃さなかった。あの喉の奥で軽く鳴らすような発音は、現地に行かないとマスターできないはず、と踏んだから。七分三分くらいで、「留学している」に賭けたわけだ。
「あの、金子由香利が持ち歌にしてた『私のパリ』って歌、知ってる?古賀 力さんの訳詞で。」と、僕は調子に乗って話し続けていた。
「えぇ。」と楽しそうに彼女。
「あの、サンジェルマン・デ・プレのカフェのテラスに流れる時の楽しさ、っていうところね。」
「あるわね。」
「あそこが大好きで。思い出すんだよね。留学時代、よく行ったから。」
「テラス席、いいわね。雰囲気が。」
「どっちの方?ドゥ・マゴ?」
「私は、フロールの方が好きかな。」
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