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2.秋は深まるのに
出逢いの日、その一日だけだった。
次の日から、彼女とは、連絡できなくなった。
別れ際に、僕のメモ帳に彼女のメールアドレスを書いてもらった。
「自分のメルアドって、よく書き間違うの。もし間違ってたらごめんね。」と彼女は、申し訳なさそうな顔をして早口で言った。
「SNSは、何かやってないの?」
「事情があって。」と彼女は、時計を見た先ほどと同じようにみるみる顔を曇らせる。そして、無理して微笑むように口の端を持ち上げて、「もし、あなたからメールが来なかったら、こちらからメールするから、安心して。」と続けた。
僕は、家に帰ってから、直ぐにメールを書き始めた。文章は、次から次へと浮かんだ。でも、ガツガツした感じを持たれるのが嫌だったので、内容はできるだけ爽やかに、お話できて楽しかったこと、シャンソンの友達が増えて良かったことの2点をさらっと書き、送信は一日待って、翌日の夜にした。
ところが、そのメールは、案の定、届かなかった。やはり、メールアドレスの書き間違いのようだった。
3日ほど待った。彼女からのメールを。
でも、一週間経っても、受信は無かった。ネット販売の業者や名刺を作った業者、旅行会社や美容院、通信教育や不動産屋など様々なメールが送られてくるだけで、彼女からのメールらしきものは、毎日チェックする受信ボックスには見当たらなかった。
10日ほど経った或る日、彼女から、あの歌詞カードが郵便で送られて来た。
僕は、その封筒を見て、ドキッとした。これで、連絡が取れる、と思ったからだ。でも、期待にそぐわず、封筒の裏には、彼女の名前「早瀬さえり」とだけ書かれていて、開封したら、歌詞カードだけが入っているだけの、ほんとに、素っ気ない郵便だった。
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