2.秋は深まるのに

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 日に日に秋は深まって行く気がした。  晴れの日の合間に雨が忍び寄ってきた。朝から雨の日は無かったが、夕方から雲が張り出して、湿気が増してきた後で、シトシトと降り始める夜もあった。街路樹も、よく見ると、心なしか黄色がかってきたような気もする。  彼女からの音信は、途絶えたままだった。    あの日のことをすっかり忘れている日は、一日足りと無かった。朝起きた時からずっと彼女のことを思うこともあった。  彼女は僕に強烈な印象を残したわけではない。逆に、その印象は、だんだん薄れて、顔もよく思い出せなくなり、ついには、服装の色くらいしかはっきり思い出せなくなってきていた。印象よりも、彼女のあの急に見せた暗い雰囲気、何かに怯えているような、何かを避けているような、儚い感じの方が僕の心を捉えて離さなかった。  「事情」があってSNSをやめた、と言っていたことも気にかかった。  僕は、彼女がストーカーに追われて、どこかに逃避行したのか、あるいは、どこかにひっそり隠れている姿を想像していた。その煽りを食って、僕への連絡も滞っているのではないか、と自分にとって都合のよい背景を勝手に創り出そうとしていた。  逃げても逃げても追いかけてくる男。思い込みで彼女を追い詰める卑劣な男。そんな男から彼女をなんとか救えないだろうか。  或る日、街でばったり彼女と出逢うとしよう。  コートの襟で顔を隠し、おまけにマスクをして歩いているところを僕が偶然見つけるのだ。そして、彼女に「僕といれば大丈夫だから。」と言って、肩を抱きしめて駐車場まで行き、愛車に乗ってどこか男が追ってきそうもない処へドライブする。  その途中で、例え、ストーカーがやってきても、突き飛ばして、「俺の女に手を出すな。」と叫んでやろう。なんだったら、蹴飛ばしてやってもいいのかもしれない。  などと、妄想する日もあった。  会えない日々が重なると、思いは募るもの。謎の部分があるから、想像も膨らむ。  僕は、少し危険な領域まで足を踏み入れ始めていた。
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