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枯葉の季節になっても、さえりさんからは、手紙もメールも来なかった。
せめて、一言、「歌詞カードを送ってくれて、ありがとう。」とお礼を書きたかった。でも、アドレスを知らない。
エリックとは、一月に一度くらいのペースで食事していたが、いつも、「あの彼女とは、何か進展あった?」と訊かれ、両腕を広げて手のひらを上に向けて、「なんもない」というポーズをするしかなかった。
「おいおい、あの時、君に譲ったんだよ、俺は。」と、会う度に彼は恩着せがましく言った。エリックに言わせれば、さえりさんの物静かで知的な感じは、おしゃべりで直情型の僕とぴったり合う気がしたのだそうだ。
「いいや、意外に彼女、話するんだよ。」と説明するのだが、彼が受けた第一印象は、なかなか揺るぎはしない。エリックの抱く日本人女性の神秘というのは、物静かだけれど、頑張り屋で芯が強い、ここぞという時に発揮する力をどこかに持っている、というもので、それは、宮崎駿が映画で描くヒロイン像とどこかで重なっている、と僕は思っている。彼は、ジブリから日本に興味を持って、日本にやって来たという欧米人の一人だから。
それはいいとして、秋も深まる11月の中頃、また草月ホールにシャンソンを聴きに行った。彼女に再会できるような気がして、僕は会場中をキョロキョロと見回していたが、それらしき影は見当たらない。
さえりさんの代わりに、元カノの友里を見つけて、向こうがこっちを見つけないように座席でパンフレットを見る振りをして俯いていた。他の男を好きになったと打ち明けられて、相手に対する想いを抱いたまま、ただ哀しみに暮れた、その苦い思い出が蘇りそうで、面と向かって話をしたくなかったから。
ところが、そういう時に限って、幕間の休憩時間にトイレの前で、その友里とばったり鉢合わする運命が待っていた。顔を合わせて、逃げるわけにもいかない。
「あら、元気にしてる?」と彼女。
「まあね。」と僕。
「彼女できた?」
「(よく言うよ。)まあね。」
「相変わらずね。」
「ああ。」
今でも君を思ってるんだよ、って嘘でも付けば、驚いて面白い展開があったのかもしれない。でも、僕は、今は、さえりさんのことだけで精一杯だった。
話をする気がないのを察知したのか、それ以上は続けずに彼女は席に戻って行った。
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