十・深怨 《中島ミツハ》

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「どうせ私のものにならないんだったら、誰のものにもしたくないから……」  特定の誰かのものになどさせない。それは、カズミさんにも他人にも誰にも。 「……っ」  苦渋の表情を浮かべながら、母は腹を触る。そしてもう片方の手を何故か空中に伸ばした。 「どうしたの?」 「カ」  その瞬間、その先の言葉を紡がないように私は落ちていたナイフを母の胸に突き刺した。 「……うっ」  虚空を掴むように動いた手は、やがてパタリと力なく床に落ちていく。  母から広がる深紅に包まれながら、私はそっと動かなくなった母の手を握った。 「……愛してる」  そして、その隣に横たわる長谷川先生の手も握ると二人の手の甲を自分の両の頬に擦る。優しい温もりを感じるけれど、もう二人は動かない。  だけど、どうせ生きていようが死んでいようが同じこと。私に愛を囁きながら、この手を握り返してなどくれないのだから……。  しかし死んだ今、二人は他の誰かを愛することもできない。他の人の手を握ることもできない。  ……もう誰のものでもないの。  そう、うっとりとしているとふと視線を感じた。
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