十・深怨 《中島ミツハ》

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 ……何か、お父さんとお母さんみたい。  私の知らない幸せ。私の知らない安らぎ。それが今、ここにある……。  そっと目を閉じようとした瞬間、何かが燃え落ちる音がした。ふと目を開けると、書斎の扉を燃え尽くした炎が、今度はこの部屋の深紅の上に広がる。  音を立てながら燃え上がる炎は、涙で滲んだこの目には夕日のように輝いて見えた。 「綺麗だね? お母さん。長谷川先生……」  目を細めながら真っ赤な光を見つめていたら、頭の中で老婆の声が聞こえた。  “__あなたは、深怨(しんえん)に包み込まれている。それなのに、何故かそれを心地好く思っているの。だから気をつけて? あなたを抱いているのは温もりでもないし、愛情でもない。深い怨みの念。それを意識していないと、あなたもいつかその深怨の一部になる”  ……今ならわかる。深怨に取り込まれることは、母の胎内に戻ることと同じこと。
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