三・事件 《中島ミツハ》

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「ただいま! お母さん、遅くなってごめんなさい……」  最寄り駅から走って家まで帰宅した私は、玄関の扉を開けるなり脱力する。  何故ならば、いつもは締まっている母の書斎の扉が薄らと開いていたからだ。   「あら、ミツハ。お帰りなさい」  玄関の右手にある扉から顔を出した母は、ご機嫌な顔をしていた。  ……良かった。  母が書斎に入る時は、時間も忘れて趣味の手芸に没頭したい時。要するに、私の帰りが遅いことに今日は心配もしていなかったようだ。 「見てー、ミツハ。可愛いでしょ?」  玄関に突っ立っている私に、母は完成したワンピースの肩の部分を両手で掴むと、ヒラヒラとさせて微笑んでいる。  裾の部分に白い花のワッペンが散りばめられた淡い水色の半袖ワンピースは、既製品だと言っても過言ではないぐらいのクオリティーだ。 「可愛いね」 「でしょー。ミツハに似合うと思う」  いつものその言葉は耳を通り過ぎると喉元を通り、お腹の中にストンと落ちてぐるぐると不愉快な動きをする。  しかし顔には出さずに口角を吊り上げていたら、母も気が済んだのか書斎に戻っていく。
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