小説家さんと実家

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 そう名前を呟きながらも、弟がこんなところにひとりで来られる訳がないとも思う。でも母さんと一緒に来ているなら母さんが真っ先に扉を叩きそうなのに。  疑問に思いながらも靴を履いてのぞき窓から扉の向こうを見るがそこには誰の姿もない。じゃあ、本当にひとりで来たのか。 「理央、ひとりで来たの?」  念のためそう問いかけると 「兄さん?生きてる?ちゃんと生きてるんだよね?」  と返ってきて、もちつき機を借りる際に質問責めされたことを思い出してついため息が出てしまう。 「今開けるからちょっと横にずれてて」  これで弟じゃないということは無いだろう。鍵を開けてぶつからないようそっと扉を開けると扉の右側に見慣れた弟の姿がある。 「兄さん、すぐ返事がないから警察を呼ぼうかと思ったじゃん」 「今寝てたんだよ」 「寝てたって、まだ夕方だよ?」 「ずっと寝てたんじゃなくて、寝始めたところだったんだけど」  言われた言葉に返事をしながら彼の後ろに回って実家に住んでいたころと同じように左右の取っ手を掴んで押し、玄関の中へと入る。 「昼寝?」 「ま、まぁそんなとこ」  ここで夜通し作業をしていて寝ていなかったから。なんて言ったらそれについて問いつめられて話が先に進まなくなるので、嘘にはなってしまうけれどその言葉にうなずいて彼の前に回る。 「段差もあるし、部屋狭いけどどうする?」 「長居するつもりないからここでいいよ」 「じゃあお茶持ってくるからちょっと待ってて」  靴を脱いで部屋へと上がり、緑茶の入ったコップを持って玄関のほうに視線を戻すと弟は気になるものでもあったのかどこか部屋の奥のほうをじっと見つめていた。 「どうかした?」  気になって問いかけるが返ってきたのは 「何でも無い」  という返事。  そのことが気になりはしたけれど、今はそれよりも先に彼がどうしてひとりでここに来たのか訊くべきだろう。
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