小説家さんと実家

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「じゃあ、ちょっと話したら帰るからね」 「そうと決まったら準備してよ。仕事道具と、着替え何着か」 「え、だから話したら帰るって」 「念のためだよ。ノートパソコンなら充電器も持ってよ」  こっちの話を聞いているのか聞いていないのか彼はそう言うと、荷造りを促すように私の背中を押す。 「父さんは怒るだろうし、長居するつもりはないのに」  文句を言いつつも鞄を用意してそこに着替えやパソコン、財布を詰めて何か足りないような。と部屋の中を見回すが他に持っていかないといけないようなものは見あたらない。 「あっ、」 「え、何?」  部屋の中を見回していると後ろから声が聞こえてきて、驚いて何ごとかと問いかけると弟は困ったようにあはは、と笑う。 「そういや、慌てて家を出たから今日父さんが車使うって言ってたの忘れてた」 「え?」 「確か、出かける用事があるとか、言ってたような」 「今も家に車って、一台しかないんだよね?」 「だから、まずいなぁって思ってるんだけど」 「今から帰って、間に合う?」 「たぶん間に合わない」 「と、とにかく早く戻ろう」  私が帰るだけでも機嫌を損ねてしまうのに、車のことが重なったらどうなるか。と慌てて玄関に向かうが、どうしても何かを忘れている気がして背後を振り返るとクローゼットが開いたままになっているのが目に入る。 「忘れ物?」 「いや、何でもない」  自分の性格上、何かをやりっぱなしで出かけるのは気にかかったけれど今は父の機嫌をあまり損ねないようにするほうが大事だろう。  私は弟の問いかけに答えながら玄関脇に置いてある鍵を持って部屋を出た。
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