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念紙
――次長、今いいですか。
わたしはまず、もっとも言いたいセリフを頭の中でタイピングする。思考の中で文字は浮かび、わたしは客観的にそれらを眺めることができる。つまり、目で見た情報を処理する視覚野に働きかけることで、言語での思考や一時的な記憶(ワーキングメモリー)を、頭の中のもうひとつの視覚世界――思考視野――に残すことができる。あらかじめ設定しておけば、思考視野は文法的に間違っているところがあれば校閲機能が赤や青の波線を引いてくれるし、読んでみて引っかかるところがあれば赤線でチェックを入れることもできる。そして改稿。改善。第二稿「次長、今お時間いただけますか」。オッケー。
文字はなおも浮かび、さらなる修正を待っている。たぶん、わたしの思考はまだ違和感を持っているのだ。それから少し考えたのち、ビジネスシーンでの定型文をいくつか検索して「次の役員会の件で相談したいことがあるのですが」を加えることにした。よし、大丈夫。あとはこれを噛まずに言えばいいだけ。
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