念紙 

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「待って」  突然、次長が話を遮った。 「えっと、どうしましたかでしょうか」 思考視野がフリーズする。読むべき文字を失ったわたしは言葉を無くした。 「これ、日付間違っているじゃない。十二月十七日、五時スタートで六時半終了、その後七時から忘年会だったでしょう。直して」  だが、役員会がその日であるという情報は、長期記憶検索エンジンを駆使してもまったく見つからなかった。情報は一度長期記憶となると一生消えないはず、つまり一度覚えこんでしまえば検索に引っかからないはずはないのに。 「あ、あの、わたしの長期記憶領域にはその情報がないのですが……」 「うん。だから直してって。わたしは覚えてるから」  次長は言葉に詰まるわたしに冷ややかな目を向け、念紙を奪いとる。  紙面上に一通り視線をすべらせると、彼女は筆箱からボールペンを取り出し赤色でチェックを入れはじめた。 「それからほら、ここも間違ってる」  戦慄したわたしの精神に影響され、思考視野はめちゃくちゃな文字列を呼び出しては、次々と検閲に指摘されていった。次々と見つかる情報のミスや、文脈の破たん、形式の無視。次長のペンはわたしの頭の中までも染めていく。 桜明夕フォントにそっくりな次長の筆跡が、文章に重なりつづられていく。わたしは胸がしめつけられるのがわかった。胃痛から喉へとせりあがった感情が、口をついて出る。 「……次長はなんで思考視野を使わないんですか」  彼女はふと手を止めてわたしを見据えた。視線が突き刺さる。そして、 「うん、キミはそのほうがいいよ」 と言うと、作業に取りかかった。わたしはそれが飲みこめない。 「次長」 「わたしは頭の中まで外注したくないだけ。キミは、どう?」 赤いラインは黒い文字を非情にも切り裂く。傷ついた文字は霧散して、あとには白い世界しか残らない……。
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