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「なんでもいいよ」
目の前にいる彼氏は関心がないように、スマホを見ながら答えた。
私の中の沢山の色が、目から、鼻から、毛根から、穴という穴から溢れ出そうとした。
赤からオレンジ、青から紫へ、終いには全ての色がぐるぐる混ざり合い、禍々しくなっていった。
そんな時でも私の口は優しい言葉が漏れ出した。
「ここのご飯はやっぱり美味しいね」
そんなことを話したいわけじゃない。いつも私は私としか会話をしない。
彼氏はそうだねと言って、目線をスマホに戻した。
ほんの少しでよかった。私の目を見てほしかった。だからどうでもいいことを言って、少しでも私に関心を示してほしかった。
分かっていたことだ。何回かの食事で気がついていたことだ。今更何を言ってるんだ。私の中の私が饒舌に語り出す。アイツはお前のことは嫌いではない。一緒にいて楽なやつ。だってお前はアイツに煩いことは言わないだろ。優しさと快楽を与える都合のいい女。肌を重ねれば重ねるほど、気がついているんだろう。
煩い。私の中に長年居座る毒々しいものに蓋をしようとした時、私の身体が強張った。
隣で接客をしたウエイトレスのお尻が触れたからだ。
次の瞬間ガラスが割れる音がした。
「大変失礼いたしました。お怪我はありませんか?」
彼氏はむすっとして伝票を持って席を立った。
私は慌てて荷物を集めて彼氏の後を追った。
会計が終わっていたので急いで外に出ると彼氏が待っていた。
彼は私に手を差し出してきた。
私は彼氏の手を握った。
私は心の中で呟いた。
"まなちゃんはいつも手が冷たいね"
彼氏は私の手を握り返した。
「まなちゃんはいつも手が冷たいね」
"肌が重なると分かるんだ。まなちゃんはいつまでも純白でいてね"
私は彼氏の目を見て笑った。
「肌が重なると分かるんだ。まなちゃんはいつまでも純白でいてね」
"目を閉じて"
私はゆっくりと目を閉じた。瞳の奥に映るものだけがどんどん白くなっていった。
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