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民家の灯りがぽつりぽつりと遠目に見えるくらいで、街灯もない。
家の奥まった場所にあるトイレは、汲み取り式の所謂ボットン便所であった。
底の見えない暗いトイレ。
早々に誰も彼もが寝静まり、蛙の大合唱が外でこだまする真っ暗な廊下を一人歩いて行かねばならない。
それが母にはたまらなく怖かったそうだ。
どうしても夜トイレに行きたくなった時は、隣で寝ていた曾祖母を起こした。
曾祖母は嫌な顔一つせず「起きたのかい?トイレに行きたくなったんだね」と微笑んで、毎回ちゃんと手を握ってトイレまで連れて行ってくれた。
「おばあちゃん、そこにいてね」
その晩も母がトイレの中から言うと、曾祖母は「大丈夫だよ、ちゃんとここにいるからね」と答えた。
母は恐恐と用を足し、トイレを出ようとする。
古びた木製の扉。
手をかけた。しかし開かない。
あれ?鍵は開いてるのに。母は力いっぱい扉を押す。
びくともしない。
途端に恐怖がつま先から駆け上がり、母は半泣きで扉を叩いた。
「おばあちゃん、開かない!開けて!」
扉の前にいる曾祖母に助けを求める。
扉がバンバンと乾いた音をたてる。掌が痛くなるほど強く叩く。
「おばあちゃん!おばあちゃん!」
金切り声を上げてもいくら叩いても曾祖母からの返事はない。
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