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そう言われ注意深く観察していると、あることに気づいた。この鬼の服装、昔小さい頃に沙羅が好きでよく見ていた、女の子が変身して戦うアニメのキャラの服装に酷似していた。そしてその端正な顔立ち、可憐な声。ぼくが昔好きだった初恋の女の子にそっくりであった。さっきおぼろげなだけの情景と言っていたのはこういうことか。人は見たものすべてを完全に記憶するわけではない。無意識下で覚えているだけだったおぼろげな記憶を、ふとしたきっかけで一気に思い出すこともあるのだ。だとすればこの鬼は、ぼくの夢想した理想の体現なのだろうか。ならば何故この少女に嫌悪感めいたものを感じてしまうのだろうか。
「クク…まぁなんとでも考えるが良いさ。儂はいつでもここにおるからなぁ」
この少女には必要以上に思えるほどに、ぼくの心を揺さぶってくる何かがある。もう二度と会うことはごめんだ。とぼくが言い返す前に、ぼくが思索を巡らすのを邪魔するかのごとく、ケタケタと不快な笑い声を上げながら、鬼の少女は闇へと姿を消した。
これがぼくと鬼の少女の初めて邂逅した時の話の顛末であった。それから鬼は、時たまぼくの意識の隙間に入り込み、そのたびにぼくの精神を無遠慮に貪っているのであった。ぼくはこれに抗うすべなどもってはおらない。なされるがままだ。ぼくはこの蝕まれる痛みに、やがて発狂してしまうのか。ぼくは痛みに我を失うのが怖いのだ。自分が地に立っている、この感覚が無くなってしまうのがひたすら怖い。自我の喪失とは世界の喪失だ。地球が回り、川は流れ、鳥が唄おうとも、自我がなければ、それらすべてが無に等しい。沙羅を失い、生きる意味を見失っていても、心に鬼が住みつき、苦しみにあえごうとも、ぼくは死には至れない。至ろうともしない。大地を踏みしめる、この感覚を失う事を恐れているのだ。
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