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「いやっ! ! はあっ、はっ……まだっ! まだ! 産めない! 日が! 出てから! スゥ、はぁ、日が出てからじゃないとだめなのぉ――」
分娩室に妊婦の激しい息がこもっている。
「滝本さん、無理です! 日の出までまだ二時間もあるんですよ! ! 深く息をしてっ」
ひっひっふーと正しい呼吸法をするように諭す助産師に抵抗するように、滝本と呼ばれた妊婦は分娩台の上で身じろぎする。生まれてくる赤ん坊の頭はもう見えていた。
「いけません! 力を抜いて! 赤ちゃんが苦しいわ」
「だめえええ」
「子宮口が開いてきた」
「いきんで!」
医師や助産師の言葉を無視して今度は力を抜く。
「諦めて! 言うとおりにして! 産みなさい! 赤ちゃんが死んじゃうわ! 滝本さん――お母さんだって――」
「まだ出せないっ! まだ――うああっ、はっ、は……」
「よし産まれるぞ……っ」
医師が言ったそのとき、助産師に両手で抱えられながら赤ん坊は頭を出し肩を出し両足をぴんと伸ばしてするするすると出てきた。ぽかんとあけた口からは、ほぎゃあほぎゃあと産声を上げて。
AM3:50。
春もまだ遠いこの日、あたりは真っ暗闇の夜だった。
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