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講義が終わると、友達の直也に声を掛けられた。
「おー、珍しいじゃん。透が講義に出るなんて」
「うるせぇよ」
「次は?」
「今日はこれで終わり。もう帰る」
強引に話を切り上げると、俺は逃げるように教室を出た。
本当はあと二コマあるけれど、今日はもう座って話を聞く気分じゃなかった。
いつもなら行く場所もあった。喫茶店「ノワール」。
でも、そこへ行く目的はもうなくなってしまった。
『女神』がいなくなったから。
『女神』――それは「ノワール」に現れる。十一時半から十五時半。それが女神と会える時間。
つまり『女神』とは、そこでバイトとして働いている女性のこと。
年齢は俺より少し上。二十代半ばってとこだろう。
講義をサボって俺は「ノワール」へ『女神』に会いに行った。というより、ただ同じ空間にいた。
ずっとスマホをいじるふりをしながら、くるくると動き回る『女神』を眺める。
それが俺と『女神』の過ごし方。
「ノワール」は古くて辛気くさい喫茶店だ。初めて入ったのは半年くらい前だったか。
直也との待ち合わせまでの時間つぶしに入ったのが最初だ。
「いらっしゃいませ」
薄暗い店内から聞こえた声は透明で芯の強そうな声。
そこには白いブラウスに紺色のエプロンを着けた『女神』がいた。
笑顔も何も浮かべていなかったけれど、彼女は間違いなく俺の真っ白な世界に現れた『女神』だった。
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