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すみれと柴崎の付き合いは、緩やかに始まった。
付き合い始めて間もなく柴崎はシリコンバレーに行ってしまい、やり取りはほとんどメールになった。柴崎は電話を好まず、すみれが粘り勝ちしたときはビデオ通話をすることができた。
毎日つづられるメールは仕事の日報のようで、毎日のささやかな面白いことを柴崎は綴って寄越した。外国から必ず毎日届くメールは、すみれが日々を過ごすお守りのような存在になった。
付き合ってわかったのは、柴崎は予想していたよりも偏屈だということだ。面と向かって好きだとか愛していると言われることはなかった。
「私のことをどう思っているの?」
勇気を振り絞って訊いたことがある。柴崎はしかめっ面で、
「わかっているでしょ」
と素っ気なく返すだけだった。
柴崎と付き合っている、と実感するまで時間がかかった。はっきりした言葉もなく、英会話スクールの仲間内に、二人の関係を開示することすらも柴崎が拒否した。
それでもすみれは熱に浮かされたように過ごした。
「彼のどこを好きになったの?」
付き合っている相手が十五歳年上だと知ると、興味本位で問う人が多かった。そのたびにすみれも自問した。
柴崎の何が好きなのだろう。
すみれが悩んで相談をすると、柴崎はいつも違う切り口の答えをくれた。同年代では決して出てこないだろうという答えがほとんどだった。でもそれが答えなのだろうか。
今までの恋愛を振り返ってみても、これほど誰かに夢中になることはなかった気がした。
「でもさあ、それって先がないじゃん。すみれはそれでいいの?」
付き合いの長い友人には半ば呆れた顔をした。既に結婚し、二人の子宝に恵まれた友人は、“恋愛の次に結婚でゴール”という考えの持ち主だった。
結婚をゴールにしていない人は何をゴールにしたらいいのだろう。
ぼんやり考えていると、
「だからすみれはさあ」
と怒られるのだった。
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