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 付き合いが二年目に入ると、落ち着きと安心を得た。  小さな喧嘩はあったものの、目を合わせれば嫌なことを忘れられたし、たくさんの美術館や観光地を二人で巡った。トラブルはたくさんあったけれど、そのトラブルを楽しい思い出として、お互いに後で話のネタにして笑い合った。  たまに思い出したように柴崎は母親の話をした。 「あの歳でアイスばっかり食べていてさ。どこか悪いのかと思ってたんだけど、本人は父親がいるときは食べられなかったからって、けろっとした顔で言うんだよね」  どこか笑いを含ませて話すから、すみれはくすくす笑って聴いた。この頃になると、彼の気にしていることが、他愛ない会話に潜んでいることに気づくようになっていた。  柴崎には“介護”の二文字が浮かんでいるのだろう。恐れと焦りが見え隠れしていた。 「父親の介護をしているときは、朝まで病院に付き合って病院の長椅子で寝て、そのまま職場に行って仕事して、洗った服をもって病院に行っての繰り返しでさ。母親も歳だし交代で病院に通っていたんだけど、それでもいつこんな生活が終わるんだろうなと思っていたよ。最後の一年は、俺が息子だということもわからなくなっていたし、暴言を吐くし、暴れるし。まあ、あいつはもともと、そういう粗暴な部分があったんだろうな。歳をとると、その人の特性がより強く出るようになると言うしね」  一度、柴崎は父親の介護について語ったことがある。父親との関係はもともと希薄だった、とその時に聞いた。相変わらず軽やかに笑みを浮かべていたが、おそらく当の本人には、心に重くのしかかるような出来事だったのだろう。  すみれは理解したことを大げさに受け取らず、なるべく表面上の楽しい話題として受け取り、微笑むにとどめた。  この関係がずっと続いていけばいいとすみれは願っていた。  問題が噴出するようになったのは三十歳になる年だった。
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