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暗闇の中で足が生え、降り立ったのは柔らかな草の上だ。そこは草木や水の匂いに満ち溢れている。虫の鳴く声、草木のざわめき。水の流れる音がするのは、小川が近くにあるということだろう。
夜は生命が強く主張する時間だ。
私は、今生えた私の手を伸ばし、指を丸めて握りこぶしを作り、手の甲を向け、艶のある白い車にノックをする。
こんこん、と鈍い音がした。
あなたが新しく買ってすでに十年が経つという車だ。運転席は背に吸いつくように馴染んでいた。
窓ガラスの向こうで、あなたが驚いた顔をするのが見えた。私が微笑むと、ドアのロックを解除する音が、小さく響いた。
助手席に滑り込み、静かにドアを閉める。私は横目であなたを盗み見た。
切れ長の目と細い銀フレームの眼鏡と痩けた頬。
見馴れた顔に安堵を覚え、顔が緩む。
「久しぶり。元気?」
「……まあ」
歯切れの悪い返事だった。
「星、綺麗だね。ここ、前に一緒に来たところ?」
夏の休日に一緒にドライブをした。爽やかな青空と一面の緑の中を車で走った。遠出の帰り道は日が暮れてしまい、私たちは寄り道をした。
アイスの販売所とレストランを開いている牧場の駐車場に車を停めた。見上げた夜空には、まばゆいほどの星々が散りばめられていた。
過去の記憶が流星のごとく流れ、フロントガラスの向こうで、星がまたたいた。
「待った?」
運転席に体を埋めたあなたは、小さく息を吸った。
「そりゃあ、もう」
私は微笑み返す。
すべきことがあってここに来た。思ったよりも緊張しないのは、私がこんなだからだろう。
今、たくさんの感情を抱えるのが困難だ。おかげで私は口角を上げたままでいられる。
「お別れを言いにきたの」
車内に響く声に、あなたは眉間に二本の皺を寄せた。しばらくの沈黙のあとに、
「知っている」
と吐息を漏らすように答えた。
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